ファミリー・トピックス

様々なニュースから、家族や恋人との話のネタになるようなものを月ー金でアップしてます

セルフGSの舞台裏

何処でも見かけるようになったセルフのガソリンスタンド(GS)

きのうの読売新聞に

茨城県内のセルフGSの従業員が、ガソリンを入れにきたお客の監視を

 怠っていたとして業務改善命令が出た』

というニュースが掲載された。

どういうことだろう?

私もよくセルフのスタンドを利用するが、店員が出てきたことはなく、

勝手に自分で機械を操作して、自分でクルマに給油している…と思っていた。

だが、実はそうではなかったのだ。

GS内の事務所にいる店員が、天井などに取り付けられたカメラを使って

私たちを監視していたのだ。

『ガソリンを給油する時に煙草を吸っていないか?』

『コイツにガソリンを売って大丈夫か?』…等々

そういう諸々を監視して、店員が「売ってよし!」と判断したら

給油の許可ボタンをポチッと押して、はじめて給油がはじまる。

 

そういえば、あることに気がついた。

セルフのGSで、給油ノズルのトリガーを引いてから

実際にガソリンが流れてくるまでに、妙な“間”があることを!

たぶん、その数秒のあいだに、店員が、給油の許可ボタンを押していたのだ。

 

摘発された茨城のスタンドは、独自の装置を開発して

お客が確認ボタンを押せば、店員が許可ボタンを押さなくても

自動的に給油がはじまる仕組みをつくった。

もちろん人件費の削減のためである。

 

思わぬ形で、監視社会の一端が明らかになった。

無人」をうたっている場所でも、実は誰かに見られてる?…

 

 

SNSで、夫婦仲がSOS!

きのうの読売新聞「人生案内」に、ちょっと恐ろしい相談が来ていた。

 40代の主婦からの投書で、要約すると…

『先日、遠方に住む父が亡くなり、私と夫と子どもの3人で空港に向かいました。

  そして、夫は、空港の構内で、私がベビーカーを押す姿を撮影し、

 その姿を自分のSNSに投稿したのです。

  『合掌。義父急逝』というメッセージをつけて。

 私の父の死を、何だと思っているのか。夫への気持ちが冷めてしまいました。

 夫を見ると緊張し、攻撃的になってしまいます』

…というものだ。

 

 いろいろな考え方があると思う。

ご主人に「悪気はなかった」という意見もあるかもしれない。

でも、私はこの奥さんに同情する。

悪気はなかったで許されるのなら、先日「東北で良かった」と発言して

辞任に追い込まれた某復興大臣も同じだ。

あの大臣だって悪気はなかったと思うが、

でも、明らかに配慮に欠け、被災地に寄り添う気持ちが足りなかった。

 

ご主人は、SNSを通じた友人が国内外にいて、

毎日チェックするほどSNSに熱心だと投書に書いてあった。

最近思うのは、ツィッターやインスタグラムなどに

あまりに夢中になり過ぎるばかりに

心がどこかに行ってしまったような人が、増えていないだろうか。

このご主人の場合もそうだ。

SNSにアップする前に、奥様の悲しみ、気持ちをおもんばかって、

なぜ一言「亡くなったお父さんのことをSNSにアップしていいか?」と

聞かなかったのだろうか?

 それに、このメッセージもひどい。

『合掌』と書いても、ほとんど義理で手を合わせてるようにしか聞こえないし

 ご主人は、奥様の悲しみを、自分の悲しみとしてない気がする。

 実際そうじゃないとしたら、もう少し自分の思いが伝わるメッセージを書くべきだ。

 

あなたのFacebookやツイッター

『SNSを書くためのSNS』になっていないか?

SNSを書くために、人生があるのではない。

人生を楽しむために、SNSがあるのだ。

私はあえて言いたい。

(S)そんなに、(N)ネットばかりして、(S)損してないか?

 

「こどもの日」に思う

5月5日の、こどもの日。

 東京新聞のコラムに、映画『フレンチ・コネクション』や『スケアクロウ』で

有名な俳優、ジーン・ハックマンの子どもの頃の話が出ていた。

 彼が13歳の時、父親が突然、家を出ていった。

 ハックマンはインタビューでこう語っている。

「通りで友達と遊んでたら、父親が車で通りかかった。

 こっちに向かって何か手を振っているようだ。

 父親はそのまま二度と帰ってこなかった」と語った。

 そして、涙で声を詰まらせた。

そのあと質問者に「失礼、たった65年前のことだったので…」と詫びた。

ハックマンにとって、父が失踪したことは

65年の月日が流れても、忘れることができず

まるで昨日の出来事のように、鮮明に胸に刻まれていたのだ。

 

日本でも、子どもに対する虐待やいじめは後を絶たず、

子どもが犠牲になる事件も少なくない。

子どもの時に受けた傷は、大人になっても癒えず

もしかしたら、この子の将来を左右するかもしれないほど

重大な疾患となり得るのだ。

どうか、すべての親は、65年後の我が子が、

親のことで苦しまないように、肝に銘じてほしいと願う。

 

オシドリ夫婦の実態は?…

仲の良い夫婦のことを、よく「オシドリ夫婦」と言うが

生物学者によると、実際のオシドリのつがいは

それほど仲が良いワケではないそうだ(きのう・朝日新聞福岡伸一動的平衡」)

 

オシドリのオスは、たえずメスに寄り添って、他のオスや天敵が近づこうものなら

オスはまさに命懸けでメスを守る…

これは間違ってない。ただ、その夫婦付随の姿を見せるのは、メスが卵を産むまでで

産んだ後は、オスは卵を温めることもないし、ヒナの面倒を見ることもない。

それどころか、出産後のメスにもはや興味を示さなくなり、

他のメスを追いかけ始める。

一方、メスの方も子育てが終わると、他のオスとパートナーを組むそうだ。

まさにオシドリ夫婦は、つかの間の愛であり、

もっと極論すれば、”カラダだけの関係”とも言える。

 

私が子どもの頃(おそらく70年代…)、オシドリは生涯つがいで過ごし

どちらかが死ぬと、残された相方は、その亡き骸からずっと離れない…

と聞かされて、子供心に感動したものだ。

 

オシドリ夫婦」というワードは、今もテレビなどでよく使われている。

 この言葉がいつ頃、生まれたかは知らないが、

 オシドリの実態が明らかになった以上、あまり使わない方が良いのでは

ないかと、私は思う。

やはり実態にそぐわない言葉は、歓迎できない。

まあ、オシドリのつがいの実態が広く認知されるようになれば、

オシドリ夫婦」は 早晩、廃れていくような気もするが…

人生に勝ち負けなどない

読売オンラインに『発言小町』という一般からの投稿コーナーがあり

いろんな御意見が出ていて、結構おもしろい。

5月2日に、国家公務員の男性(おそらく30歳前後か)からの投書があって

要約すると…

 『大学時代に交際していた女性がいましたが、卒業後に別れました。

  その後、しばらくは彼女に未練がありましたが、

 2年前、私は同じ職場の女性と結婚しました。

 妻は自立した尊敬できる人です。

  ところが、最近、元カノの近況が耳に入ってきて、

 彼女は医者と結婚し、子宝にも恵まれている…とのこと。

  なんでしょうか、この敗北感は。

 彼女の近況を知ってから、私はモヤモヤ感が消えません』

 という内容。

 

そして、この投書に対するスレもたくさん来ていて

 辛らつで、ズバッと鋭い指摘もあった。例えば…

 『そうです、あなたは負けたのです。

  元カノは、あなたと医者の男を天秤にかけて、医者を選んだ(1敗目)

  そして、あなたは、奥様と元カノを天秤にかけて、

     奥様の方が負けていると思っている(これで2敗目)

  でも、その思考回路って、ちょっと女性的だと思います。

  そんなんだから、元カノも、あなたを選ばなかったんだと思いますよ」(要約)

 

 なんか身も蓋もない御意見だが、フラれた経験が多々ある筆者には

 この投書の男性の気持ちが痛いほどわかる。

 私の意見を述べると、いろんな経験をしてきて

50歳を過ぎた今、思うのは「人生に勝ち負けなどない」ということ。

みんな人それぞれ…生まれも育ちも違うし、持って生まれた能力も

与えられた運命も、背負ってる境遇が違うのだから

自分の人生を、他人と比較できることなどできないし、意味がないのです。

自分が選択してきた道がすべてであり、それがベストであり

それ以外に道はなかったのです。

たとえフラれたとしても、元カノは自分にとってベストではなく

奥様がベストパートナーだったのです。

この男性も、いつか自分が選んだ奥様がナンバー1で、

元カノより、はるかに良い女だと思える日が来るはずです。

そして、一生懸命に仕事して、国家公務員としての自分に誇りをもつこと。

別に、医者が公務員より優れているわけじゃないし、

この男性が、医者になりたかったワケじゃないでしょうから。

父と娘

 

読売新聞の「人生案内」は、様々な年代の悩みごとが紹介されていて

 今の時代を生きる人たちの人生模様を浮き彫りにしてくれる。

 昨日は、50代の主婦からの相談だった。内容を要約すると…

 『80代半ばの父には、今まで二世帯住宅を建ててもらったり、

 2人の息子たちの面倒を見てもらったり、生活全般にわたって

 助けてもらってきました。

 時には喧嘩もしたけど、一緒に旅行に行ったり、食事を共にしながら笑い合ったり、

 ほとんどが楽しいこと思い出ばかりです。

  その父が高齢になって、突然倒れて、病院に運び込まれたりするようなことがあり

  そのたびに私は押しつぶされそうになります。今は施設に入ってますが、

  父にその時が来たら、私はボロボロになって壊れてしまいそうで…

  どうか、今後の心の持ちようを助言して下さい』(東京・O子さん)

 

さぞ、素敵なお父さんなのでしょう

記事の文面から、父と娘のこまやかな情愛が伝わってきて、心が震えた。

 前に、20歳の家出娘のことを書いたが、彼女は物心ついた時には父は家におらず、

 「今さら父に会いたいと思わない」と語っていた。

 父と娘の関係が疎遠になりがちな今日にあって

まずO子さんは、心から慕うことができる父親がいたことを

幸せに思わなければならないと思う

お父さんが、長きにわたり、そばにいて自分を支えてくれたことを

幸せに思うべきでしょう。

彼女が辛く、悲しいのは、愛情が深いゆえです。

「心から愛する人と生活を共にし、生きていく」

それが、幸せだと私は考えている。

その愛する人がこの世を去ろうとしている。

悲しいのは当然です。

今まで自分を支えてくれた父親に感謝し、

そして、残された時間を、父親のためにできることをしてあげて

 悔いを残さないようにすることだと思う。

 

崖っぷちの2時間ドラマ

クライマックスは、必ず登場人物が一同に集まって断崖絶壁に立つ。

そして、主人公が事件の謎解きをし、真犯人が明らかになり、一件落着する。

これが2時間ドラマの定番だ。

だが、その2時間ドラマ自体が今、崖っぷちに立たされている。

 

視聴率が軒並み10%を割り込み

テレビ各局は、2時間ドラマを次々と打ち切っているのだ。

4月30日・東京新聞

 今年、もっとも歴史があり、2時間ドラマ最後の砦でもあった

テレビ朝日の「土曜ワイド劇場」も姿を消した。

 

視聴率低迷の要因は何か?

東京新聞によると、ドラマをよく見る若い年代層に2時間ドラマの視聴習慣が

ないことが1つ。

それと、温泉女将や旅行記者、はたまたお坊さんなどの素人が

名探偵顔負けの活躍をして事件を解決するという設定が、

個人情報がうるさく言われる今の時代において

あまりにリアリティを欠いている…ことなどを理由に挙げている。

 

では、どうすれば2時間ドラマは復活するか?

記事にもあったが、やはり新しいスターの登場と

ノンフィクションなど、リアリティのある話にシフトして、

“新しい何か”を、創造していくしかないとダメなのだろうと思う