ファミリー・トピックス

様々なニュースから、家族や恋人との話のネタになるようなものを月ー金でアップしてます

愛するということ

きのうの毎日新聞の「人生相談」は、結婚10年の40代・既婚女性からで

「主人のことが好きではありません」という衝撃的な相談だった。

要約すると…

「2人の子どもに恵まれたが、主人が好きではない。

 家族という同じ船をこぐクルーではあるが恋愛感情は皆無。

 このまま夫のモラハラに耐えながら、臭い靴下を一生洗い続けかと思うと、 

 死にたくなります」という相談だった。

また同じ職場に年下の男性がいて、食事に行く機会があったらしく、

その男性に好意を抱いてしまい、心が揺れていることを吐露している。

 

おそらく同じような気持ちの既婚女性は、多いのかもしれない。

私は男だから、夫の立場から書かせてもらうと(女性には厳しい意見に

なるかもしれないが…)やはりこの女性には、いくつかウソがあると思う。

まず彼女は、夫のことを「好きではない」のではなく、

「好きでなくなった」書くべきだ。

結婚して2人の子供をつくったのだ。

それなのに「好きでない」というのは、夫としては到底、納得できないだろう。

好きでないのに、そういう行為をしたのか? 

式まで挙げて永遠の愛を誓ったのか? 

違うはずだ。その時は「この人となら」と思って一緒になったはずだ。

だから、彼女は「結婚した時は好きだったが、

今は好きでなくなった」と言うべきだ。

 

では、なぜ夫を好きでなくなったのか? 心変わりしたのか?

結婚して10年、妻は夫を、性的対象とは見られなくなった。

夫の靴下が臭い(子どもの靴下も同じくらい臭いと思うが…)と

書いているから、多分そうなのだろう。

まあ、男は40にもなると、加齢臭を発散し、頭も薄くなって、

腹も出てきて、単なる汚いオヤジになり下がるから

「百年の恋も冷めた」ということかもしれない。

 

この女性が、愛について

対象の問題にしている間は、うまくいかないだろう。

ドイツの精神分析家フロムに「愛するということ」という

愛に関する名著がある。その中でフロムはこう書いている。

「愛がうまくいかない理由を

 多くの人が『愛する対象』の問題として捉えている。

 でも、本当に大事なのは、自らの『愛する能力』なのだ』と。

  愛される人間より、愛する人間にならなければならない」と

そんな趣旨のことを書いている。

彼女がどんな性格の女性かは、文面からは判断できない。

だから、この女性が、夫と別れるべきか、

それとも子どもたちのために結婚生活を続けるか

どちらが正解なのか、私には分からない。

ただ、彼女は、もう一度、夫を愛することにチャレンジすべきだと思う。

なぜ、そう思うかと言えば、フロムの言う通り、

彼女が愛するという問題を「対象」のせいにしている以上

また同じことを繰り返すと思うからだ。

年下の男性も、付き合っていくうちにアラが見えてきて

やがて「愛する対象」には、ならなくなるのではないか。

 

フロムいわく「資本主義社会における現代の愛は

『愛の対象』をあたかも商品と同じように捉えている」と。

つまり相手のことを、見た目や収入、肩書きという商品価値で

判断している。

それは、気に入って手に入れたスマホを、新機種が登場すると

意図も簡単に古いのを捨てて、新しいスマホに飛びつく心理と

似ているかもしれない。

 

愛については「愛する対象」の問題ではなく、

自分自身の「愛する能力」の欠如の問題として考えなければならない。

 最後にまたフロムの言葉…

「愛はたゆまない挑戦である。安らぎの場ではない

 愛とは、2人の生命力と、強さである。

 これが実ったところにのみ、愛が存在する」

 どういう結末になろうと、彼女の幸せを祈る。